
中軽井沢にある星野リゾートホテルブレストンコート、ここに世界で三本指に入るフレンチシェフ浜田統之さんがチーフ料理長を務めるユカワタンがある。
この季節の軽井沢は一年で人の少ない時期だそうで、軽井沢から運行される無料のシャトルバスもひとりの女性と私たちの二組だけ。
天気予報通り雨であいにくの天気となったが冷たい雨ではない。楽しみにしていたディナーの時間になると雨はやみ、そのかわりわき出した霧とあちこちに仕込まれた間接照明で、まるでシャーロックホームズが登場するロンドンのような幻想的な空間となった。
ユカワタンの建物は、外からはその後ろ側しか見せない。まるでディズニーランドのように肝心な部分はそっと隠している。
雨に降られませんでしたか?傘を差し出しながらとユカワタンの玄関で出迎えてくれたがっちりした体躯のK.Hさんは、最近までは雨ではなく雪になっていたのでだいぶ暖かくなったんですよと教えてくれた。確かに中軽井沢にはかなりあちこち雪が残っている。
建物の外観の割には小さめの玄関スペースを抜けて中に通されると天井が高く席の間隔も広いためゆったりとした空間。足下まで一面開放的な窓があり、先ほど通った小径と木立が霧の中にぼんやり見えた。もう少し陽の高い季節だったらディナータイムでも景色が楽しめるだろう。
この建物は実際に給仕される器類を十分に考慮に入れて椅子のカバーをはじめとする内装デザインが行われたそうだ。 発想が逆で面白い。 自然とこれから出される料理に期待が高まる。
コースの内容を一通り説明したあと、この自然に恵まれた信州の山菜や川魚など旬の食材をいかした料理をお楽しみください、と言ってK.Hさんはさがっていった。これは山菜料理が中心なのかといささか失望する。ま、でも、世界の三本指に入るシェフなのだ。料理が出る前に失望するのはまだ早い。

クリーミーでコクがあるんです
(シャンパンの表現にそれって本当ですか?)
彼女が家内のために選んでくれたシャンパンがこれ。ちなみに、ぼくは酒断ちをしているためアルコールは飲まない。(多分このあと何度も愚痴っぽく書くかもしれないが大目に見てほしい)でも、家内のほろ酔いの笑顔が好きなので彼女には好きなものを飲んでもらっている。そんな家内に言わせると、本当にクリーミーな感じがして、しっかりとしたコクがあるのだそうだ。
K.Aさんはもともと神奈川県の辻堂生まれ、幼い頃に北海道に転居して最近の辻堂はあまり、、、。その話題なら任せておいてとばかりにT-SITEの話で盛り上がった。

出されたのは川魚と牛の薫製。
いよいよ彼らの舞台が始まった。
残念ながら魚の名前は忘れてしまった。牛の薫製はビーフジャーキーを想像してくれるとわかりやすいが、あんなに塩や黒胡椒ががんがんきいたものではなく、まるですき焼きにした肉を細くし固めた感じだ。だからうまい。酒断ちをしてさえいなければ、これだけで盃も進むだろう。実際、日本酒もよりすぐりを何種類も用意しているそうだ。 ちなみに、その牛の薫製が入っている白い器は本物の牛の骨だという。

真ん中の赤い玉は、写真で見た感じでは伝わらないかもしれないが、薄い膜に覆われたスープで、口に入れるとパッと程よい熱さのスープが口の中に広がる。
冷静の前菜から始まり暖かいスープがあって肉料理がありデザートまである。まるでひとつのコース料理のようですねと言うと
K.Hさんは
はい、コースはこれで以上です。後ほど伝票をお持ちいたします
至って真面目な表情してさがっていった。オイ、マジデスカ?

ユカワタンでの食事を旅の目的として軽井沢に来た家内にとって、昼の天ぷら蕎麦がちょっと油の過ぎたものだったのかもしれない。昼食後ユカワタンに連絡して自分だけ少しさっぱりしたものをと伝えていた。ここまでバターたんまりのいかにもフレンチという料理はない。ここでモンブランのように盛り上がったバターが出たと思いきや、豆腐ベースのクリーム。しっとりした柔らかさも味わいもバターのようでいて後味がさっぱりしていてとても美味しい。

世界屈指のフレンチシェフの料理だから本当にこれで伝票が来てもおかしくないかもとしばらくドキドキしていると、
こちらが本物の前菜です
とにっこりして運んできた。K.Hさんは笑顔の可愛らしい年齢不詳のナイスガイ。悔しいがぼくらがそういうユーモアが好きなことを見抜いている。
彼は見た目の若さからは想像できないくらいいろいろな事に精通しているようだ。生まれも育ちも全く関係ない辻堂のT-SITEにも来た事があるそうだ(近くに住むぼくがやっと先週行ってきたばかりというのに)。いやはや好奇心が半端ではない。

前菜は菜の花、山芋でくるんだ鯉の身と黄色い川魚の卵。
プチプチとした食感と柔らかい食感、そしてシャリシャリとした山芋の食感が絶妙だ。
黄色い卵の上に春を先取りしたような花が咲いている。菜の花畑なのだろうか。
4月にもなると中軽井沢このプレートにあるような景色が見られるのかもしれない。

周りはタマネギのスープ。中には川魚の肝のパテがはいっている。
甘いタマネギとほろ苦いパテの組み合わせが最高で、またしても思わず酒を飲みたくなるほどだった。きっと多くの和食料理人も訪れているだろうがかなりインスピレーションをかき立てられるに相違ない。
器も素晴らしい。よく見ると金継ぎがしてある。器も大事にしているのだ。ちょっとかけたからと言ってすぐに捨ててしまうのではなく、直しながら永く大切に使っていく姿勢もぼくの好きなところだ。 チーフシェフその人の事だったか他のシェフだったか記憶が曖昧なのだが、iPhoneを落として背面がひび割れしたときに金継ぎして使っているという達人もいるそうだ。

大岩魚と山菜
山菜もいろいろあって面白い。軽井沢でも春がそこまで来ていることを予感させる一皿だ。
口に運ぶと、まず山菜の香りに鼻孔をくすぐられる。
柔らかい香りにまとわれたイワナ。とても身が厚く、清流で育ったせいなのか匂いも、むしろ、山菜との相性がとても良くてと、ここまで書いたが、表現力の乏しいぼくにとってこの料理をうまく伝えられないのが残念でならない。

牛肉と芹
皿の中央に熱せられた石。それを囲むように表面をローストした程よい厚さの牛肉が敷かれ、その上に新鮮な芹がのせられてきた。
この料理、私少し緊張するんです、と前出のK.Hさん。これまでの様子とは少し違った緊張の面持ち。手にしていた土瓶から出汁をかけるとジューっといい音とともに湯気が上がった。
芹をメインにお楽しみください。
添えられたフォークとナイフを使って芹を包むように牛肉で巻く。一口大に切ろうとしたときに思い出した。以前テレビで紹介されていたナイフだ。日本人シェフの料理を審査していた審査員シェフたちがみんなそのナイフを持ち帰ってしまったと言う話。そう、この形。ナイフの先っぽより真ん中あたりに歯があるのか、その辺りで肉を切るとナイフの重さだけでじゅうぶん肉が切れる。もちろん芹を巻いているので、心持ち人差し指を添えてあげる必要はあるが、それでも切れ味は最高だ。一生懸命切ろうと先っぽを使うとあまり切れないようになっているようだ。
ついついナイフに興味がいってしまったが、この肉料理、芹の多さが気にならない。本当に牛肉とバランス良く食べられる。出汁も牛肉からの旨味やエキスが加わり、芹の香りが微かにほんのりと移りこれまた絶品である。お腹がいっぱいでなければパンを追加してその出汁をつけて食べたいくらいだった。

レモンと生姜
こちらは家内が選んだデザート。一口食べさせてもらったが、爽やかなレモンの風合いがたまらない。

丁寧にキハダの説明をしてもらったのだが、食べる方にばかり目がいってしまって耳の方は疎かだったようだ。
和栗のクリームは、とてもじっとりと濃厚で栗本来の甘さだけで表現されているのか、ここまでやるんだと思わされるような美味しいデザートだった。
ユカワタンをオープンする3年前から、浜田シェフはフレンチ三ツ星レストランシェフとともに「スィーツ博」をここホテルプレストンコートで開催していたというので、スィーツ作りにも妥協はしないのだろう。

鳥の巣箱が目の前に置かれた。
遊びです、と微笑むK.Hさん。
巣箱を開けると小さくて色とりどりの可愛らしいスィーツが入っている。

K.Aさんはそう言いながら巣箱を持ち上げる。
見えなかったが、巣箱の下にある切株は中心が少しえぐられていて、枯れ葉に見立てたものの他にクッキーなどのお菓子が混じっているのを見せてくれた。
遊び心、こういった事のできる心のゆとりと、これならどうだと言わんばかりにお客を喜ばそうとする貪欲さ。
Stay Hungry, Stay Foolish!
嫌いじゃない。むしろ好きだ。
担当してくださったK.HさんとK.Aさんだけでなく、他のフロワースタッフの方々にも見送られて外に出る。霧がさらに濃くなった。
明日は天気になるとありがたい。
今までの人生で、また来てみたいと心の底から思ったのはこのユカワタンが初めてだ。 質が良くて品がありながら遊び心がある料理と、これまたウィットに富むユーモアのこもったおもてなし。 時間の経つのを忘れるほどゆっくりと楽しいときを過ごせた。
シェフの皆さんやスタッフの皆さんに心から感謝している。ありがとうございました。
ぜひともまた来ます。
さて、最後に一言。もしここを訪れたいと思うならゴールデンウィークや夏休みを外して予約をされる事を強くお薦めする。できれば、休みの前日や週末も外されれば、世界が評価する素晴らしい料理を味わうだけでなく、楽しい会話を含めたステキな時間を堪能できるだろう。
訪問日:2015年3月19日(木) (写真はすべて家内が撮ったものをものによって若干トリミングして掲載している)